「スポルタビア・ソアリングセンター」

                            タコムオールであったいろんな人、いろんなこと

                                                                  北原洋子

     スポルタビア・ソアリングセンター

     スポルタビア・ソアリングセンターがあるこの街は、オーストラリア、ニュ
    ー・サウスウェールズ州、タコムオール。メルボルンから北北東に270Km、
    車で休憩しながら4時間。毎年、マーレーリバーで繰り広げられるカヌーレー
    スを見る人達で、にぎわう観光地である。人々はマーレーのほとりで数週間、
    キャンプをしたり泳いだりして過ごす。
 
  タコムオールの町
      マーレーと言えば、以前チェックフライトで、インゴと飛んだ時、川の真上
    で「ヨーコは泳ぐのか」と聞くので「Yes」と答えると、下を指差した。「ここ
    は、泳ぐのにたいへん良い所だよ」(こんな茶色の川で?)と思ったことがあっ
    た。確かにみんな、ここをビーチと呼ぶ。
 
  マーレーリバー

     インゴ・レナー

     そう言ったインゴ・レナーは、一年をドイツ、イタリア、スペイン、オース
    トラリア(タコムオール)と、グライダーのベストシーズンと共に、回ってイ
    ンストラクターをしている。
 
  インゴ・レナー
      ランウェイでの一日が終わって、レストランでインゴの飲み物が、ライトビ
    ールからオレンジジュースに変わるとき、私達はインゴの出る大会が近づいて
    来た事を知った。その頃から、格納庫では、つなぎを着て自分の機体を磨いて
    いる姿がある。そしてちょっと練習に行ってくるよ、と言って1000Kmも
    飛んで来る。
 
  格納庫で自分の機体を磨くインゴ
      みんなが尊敬しているすごい人なのだが、いつもにこにこしていて、私には
    優しい普通のおじさんにしか見えない。時々、穏やかにアドバイスの声を掛け
    てくれる。初心者には初心者にわかる言葉で、経験者には経験者の言葉で。
 
  インゴとチェックフライト

     チーフインストラクターのデス

     またオーストラリアに来て、デスの教え方に心から感服した。
     デスは営業時間には関係なく、初心者には早朝の風の弱い時に飛んで教えて
    くれ、暑い昼間はハンガーで座学、また夕方飛ぶといったぐあい。一生懸命熱
    心にソロに出られるように教えてくれて、またその気持ちが痛いほど、ものす
    ごく伝わってきた。そしてひとつも欠点を指摘することはなかった。がんばろ
    うという気にさせた。
     新婚旅行についてきた素人の奥さんもソロに出た。
     「グライダーは初めてです」と言う日本人も、5日目にブラニックで初ソロ
    にでた。

     東海大学の学生が訪れた時のこと。その女の子は、「ひとりで行っていいよ」
    と言われ、ブラニックの単座で離陸した。
     しばらくしてから、天候が悪くなり、デスから「すぐ降りてくるように」と
    の無線が入った。でも彼女は一人で飛べたことがうれしく、まだ下が見えてい
    るからと思って、しばらく飛んでから降りて来た。
     「怒られるだろうなー」と思って。
     でも、デスの言葉は違っていた。
     「長く飛べてよかったね」

     そして彼女は、友人から「デスがとても心配していたよ」と聞かされた。心
    からデスには、もう心配をかけないようにしようと思ったという。彼女は、数
    週間でデスカスにまで乗って帰ってきた。

     デスは、又こんなこともあった。
    行ってすぐ私が風邪で入院した時だった。
      病室に案内されて、ベッドに横たわりながら、扇風機に揺れるクリスマスの
    飾りつけの横文字を見て、オーストラリアにいる事を実感していた。
      夜ぐっすり眠っていると、サンタの帽子をかぶった看護婦さんに起こされた。
    「クールシャワーを浴びてらっしゃい」
    「えっ」
     オーストラリアではこうやって熱を下げるのだろうか。サンタさんに起こさ
    れたのは嬉しかったが、水のシャワーは(うーん、さむーい)
      驚いたことに病院の食事は毎食、料理のメニューや量を選ぶことができた。
    朝ならジュース・フルーツはそれぞれ四種類の中から。
      しかもなにより嬉しかったのは、三時頃になるとカートが回ってきて「Tea or
    Coffee?」と聞いてくれる。ちゃんとケーキかお菓子が付いてくるのである。
      ティーを頼むと、本格的な銀のテイーポットに紅茶が。
      また、お見舞にきた人にも、「Tea or Coffee?」と聞いてくれたし、そのうえ
    25日には、クリスマスランチを二人でどうぞ、と主人にもターキーのランチ
    が出た。
  
      そして、デスと、奥さんのメアリーは、わざわざお見舞いに来てくれた。
    日本では見たこともないような美しい花を持って。早く良くな
    ってのメッセージ付きで。
     この時の雲の形をしたプラスチックのメッセージ札は、うれしくて持って帰
    る事にした。
 
  デスのお見舞いの花

 
  退院の日、シスターの看護婦さんと
     デスが来てくれる事など、思いもしなかった私は感激した。

     グライダーの初心者にとってかけがえのない人だったと言う記事がオースト
    ラリアグライディングに載った。

     サーマルの捕まえ方

     タコムオールのバーで、ジョージがこんなことを言っていた。
    「サーマルは男と一緒だから、すべての男につきあってちゃいけないよ」と。
      私はふと考えて答えた。
    「すべて付き合って、ご丁寧に年収まで聞いていたわ」(ちょっと気がありそう
    だと思ったサーマルでは必ず回っていたし、いい男には最後の最後までしがみ
    ついていた。そして夕方には見かけだおしの悪い男にひっかかって、泣いたり
    した)
     ジョージの話を始め、バーでいろんな国の人から聞いた話は、良い話が多か
    った。
     またある日、ジョージは、怖くてなかなかランウェイから離れられずに苦労
    していた私に、「高度が取れてスタートしたら目的の方にまっすぐ飛んでみる。
    そこが、もしマイナスでも同じところを戻ってきたら、どうせ沈下なのだから、
    プラスがあるかもしれない前に進みなさい。」そんな話をたくさんしてくれて、
    次の日、めでたく金魚鉢の中から抜け出せた。それまでずっと相談していた日
    本人の教官が嘆いた。
    「俺らが、いくら何を言ってもだめだったのに!?やんなっちゃうなあ」

     ハナと再び

     タコムオールに来る十日程前、クリスマスが近づいた頃、私の住んでいる札
    幌に、ラダさんからファックスが届いた。
      「今年、オーストラリアには、いつ来るのか?ハナはお正月、自分の機体を
    貸しているので単座機がなく復座機で飛ぶ。」というような内容だった。
      ハナは、自分の単座機(LAK−12)があるときは一人で記録を狙うのだ
    が、日本人がいっぱい来る正月などは、機体を貸している。

     そうなると、空いている復座機で、女性の復座記録を狙うことになる。女子
    の復座は狙い目なのかもしれない。だから後席が必要になる。もちろん、ハナ
    は操縦もナビゲーションも一人でしたほうが早いから、後席はただのバラスト
    になる。(私に乗ってって事か)

     早速、返事を送った。「今年は残念ながら5日間しかいられないので、1日か
    2日しか一緒に飛べないけれど…」

     クリスマスも過ぎやっと仕事が休みになって、白銀の札幌から、条件の良い
    日には気温が40度を越える、真夏のタコムオールへ。着いて3日目、ラダさ
    んが満を持していたように言う。「今日は乗れる?」「ええ」
 
  ランウェイ
      ニンバス4DMは、モーターグライダーだから、いざとなったら帰ってはこ
    られるだろうと信じていた。だがふと見ると、胴体にはエンジンが出せないよ
    うに、しっかりと封印の為のテープが張られていた。ショック。
 
  ハナとニンバス4DMに乗って。出発の準備をするラダさん

 
  ハナとニンバス4DMに乗って出発直前

     とりあえず、荷物を積んで、テイクオフ。
     だが、すぐ酔ってしまった。もう、20Kmぐらい行ったところまでしか覚
    えていない。目はぐるぐる、吐きけはひどくビニール袋が手放せない。

     前席には、"ルルルルル"「ハロー、ドン」と携帯電話を握るハナがいた。彼
    女は無線機に、携帯電話、GPSと、大忙しで後ろの事態には気づいていない
    ようだ。

     しばらくすると、今日は条件がいまいちだから、一度タコムオールに帰って
    目的地を変えて、短く300Km位にして東に出直すという。思わず、(勘弁し
    てください)

     だがとりあえず帰れることは嬉しい。300Km近く飛んだらしいが、目を
    明けていられなかったのでどこまで行ったかわからない。辛い2時間半だった。
    結局私が酔ったこともあって、今日のフライトはやめることになった。

     このフライトがたたり、次の日は一日中伏せっていた。

     その次の日も乗ってほしいと言われたが、残念なことに、思いだすだけで目
    が回って乗れなかった。申し訳ない。

     仕方なく、ラダさんは手当たりしだいに、ただご主人についてきただけの奥
    さんにまで、声を掛けていた。
    「ただ乗ってくれるだけいいんだけど。もしいなかったら、僕がスカートをは
    いて乗らなくちゃ」
     男性陣も、かつらをかぶってでも、乗りたいと言う。(だだ乗っているのも、
    結構辛いんだから)

     結局、どうしてもパートナーが見つからない日は、ハナはニンバス4DMで
    一人で行った。そして1000Kmも飛んできた。その時の1000Kmはチ
    ェコ初で、かなり興奮ぎみの様子だった。
 
  ハナの準備をするラダさんとスタッフのドン

 
  一人で行くハナの翼端を持つラダさん

 
  一人で行くハナを見送るラダさん

 
  記録を出して喜ぶハナ
     それにしてもこの酔ったフライトは、あれから数箇月、思いだすと吐きけが
    して私を苦しめた。

    そして今年もハナは飛び続け、昨日こんな郵便が届いた。
    「大陸横断にチャレンジします。スポンサーを探しています」と。
    皆さんも一口いかがですか? 

     と言うわけで、スポルタビア・ソアリングセンターは、5〜6回行きましたが、
    アットホームで過ごしやすいところです。
 
  ハンガー脇の宿泊施設
レストラン、バー、事務所、公衆電話、ランドリーすべてこの中にある。
     私が行ってから、しばらくたちましたが、ぜひ一度行ってみてください。帰
    らなければいけない日は、名残惜しく涙ぐみ、あなたはまた訪れたくなるでし
    ょう。

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